ちょっとバタバタしていたら、もう五月も二週目だ。私はアメリカにいるくせに、インフルエンザをどこぞで頂戴し、今年は図らずも一人ゴールデンウィークを満喫してしまった。ようやく床から離れたところです。
体が良くなったので、ようやくずっと試したかったものを試すことができた。それは、マキネッタなるもの。イタリアのBialetti社から出ている直火式コーヒーメーカーだ。
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私は自他ともに認めるコーヒー中毒だが、自分でいれるドリップコーヒーはどうも美味くない。そのうえ最近、スタジオの周りで買うコーヒーの味に疑問を持つようになった。それなら自分で美味くいれようと思ったとき、結晶のように頭に浮かんで来たのは、大学院の時にスタジオが隣だったヤングサンの姿である。
彼はその名前の如くまるで太陽のようにあたたかい人柄の、ちょっと珍しいほど気持ちのよい青年であったが、彼は何よりもコーヒーを愛していた。彼は制作机の脇に小さなコーヒーミルを備えていて、飲む度にスタバの豆を轢き、日に何度となくドリップコーヒーをいれた。まるで大切な儀式を行っているような、侵し難い静寂を感じたものだ。私も何度かご馳走になったが、それは同じ豆なのにスタバのものよりもずっとおいしかった。飲む直前に豆を挽くのが大事だと彼は言っていた。私は彼が持っていたのと同じコーヒーミルを買うことにした。そのついでに出て来たのがマキネッタである。
この奇怪な形の器具は、そういえば常にホールフーズに並んでいる。しかし知らないうちは、一体これが何のために売っているのかも判然としない。知ろうとも思わない。だが、見てしまった。ベルリンの友人宅に、コイツがちょこんと座っていたのだ。くすんだ銀がキッチンのカウンターにひかっていた。
ネットでその構造を調べると、ブリア・サヴァランの『美味礼賛』にある「コーヒーについて」の章を突然思い出した。サヴァランが最も美味としたコーヒーのいれ方『デュベロワ式』の構造が、このマキネッタそっくりなのである。私は熟考の末、コーヒーミルとともに、とうとうコイツを注文した。
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このマキネッタでいれたコーヒー、本当に美味しいのである。ヤングサンに敬意を表して、ドリップと同時にいれて飲み比べたのだが、その味の違いには驚いた。もちろん、構造が違うのだから、味も違って当然だ。ドリップは、どこまでも見渡せる秋の空のように澄んでいてスッキリしている。マキネッタは、まろやかで甘味がありコクがある。この違いはドリップがフィルターを通すために、豆の油分が抜き取られることに由来するのかもしれない。マキネッタの方は、湯が豆を直接通って、油も一緒に出てくるのだから。それにしても豆の味までちゃんと出ているのには感心した。イタリアの定番というのも頷ける。ドリップ用のコーンは、棚の奥にやってしまった。これを朝作って、スタジオにも持って行くと思うと、今からわくわくするのである。
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